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活動報告 - 俳句同好会カテゴリのエントリ


◆句会は原則として毎月第二土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・11月の作品の紹介
・11月の兼題は、「神の旅・神の留守など」・当季雑詠で計3句です。


村林 小枝子 
・紅葉に誘(いざな)はれての神の旅

安西 円覚 
・古池やぬつと顔出す冬の鯉

浦田 久 
・梟の森の暮色や神の留守

岡村 一道
 
・富士山の化粧直すや神の留守


片山 朝陽
 
・御神籤に大吉多し神の留守

五井 夢
・六法の壁高くして神の留守


俵木 陶光
 
・牧水の休む茶店や神の旅

中邑 雅子
 ・山並をひとつ飛びして神の旅

堀 秀堂 
・匂ひして大根煮つけ突いてみる

峯岸 まこと 
・薄墨の挨拶状や神の留守

芳村 翡翠 
・巫女三人笑ひ声たて神の留守

小林 美絵子
 
・ポケツトに焼栗のある薄曇り

坂井 百合子 
・よき縁(えにし) 持ち帰りませ神の留守

山下 天真
 ・大銀杏黄葉(もみじ) にすべてのまれけり




◆<私の一句>            

「麦秋や慰霊の社は深みどり」
    村林 小枝子

  杉並白木蓮俳句会に入会して一年余り、いつも傍にメモを置いて毎月の兼題を静かに考える日々が多くなりました。自然現象や日常の出来事などに気持ちを集中させることの大切さを実感しています。
 私は昭和5年生まれで、小学1年生の七夕の日に日中戦争、5年生の12月に太平洋戦争がはじまり旧制高等女学校3年生で終戦を迎えました。その後6.3.3制が制定され高等学校3年生に進み初の高校卒業生になりました(都立駒場高校)。その後、編物講師となり、長い間指導をして来ました。
 思えば昭和20年敗戦の惨禍からようやく立ち上がり、爾来日本は70年平和を刻み続けて参りました。父が海軍将校でしたため大正12年生まれの兄も同じ道に進み江田島の海軍兵学校に入校、昭和17年の卒業の時は太平洋戦争の真っ只中でした。憧れの遠洋航海は勿論なく直ちに戦艦武蔵に乗り込みましたが、その後武蔵は巨大過ぎて動きが悪いと同型の重巡筑摩に移り昭和19年10月レイテ沖の激戦中、艦と共にフィリピン沖に沈みました。高射砲の指揮をとり最後まで戦ったと聞いております。
 海軍が好きで心身を鍛え勉学に励み海兵入学から卒業まで首席を通し、卒業式には御賜の短剣の御下賜がありました。田結君はガリ勉でなくおおらかで、自由と平和を愛し友人や後輩には自分の特性を生かした道に進んでほしいと唱えていたと聞いてます。
 兄の戦死によって、大切な宝を失った両親の深い悲しみは昭和51年52年と相次いで他界するまで癒えることなく私も今も尚その気持ちに寄り添って暮らしております。
 長い平和を築いた日本で息子達も還暦を迎える歳になりましたが、あの悲しみが再び起こらぬよう賢明な外交と強靭な自衛力で日本の国が世界の中で心地よい存在であることを心から願っています。
                                                      


 

◆次回の定例句会は、12月12日(土)午後1時〜3時40分
                 於 久我山会館    
 兼題は「短日、暮早し」・当季雑詠で計3句です。

◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090−3145−2654

◆文責・俳句同好会会長 俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第二土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・10月の作品の紹介
・10月の兼題は、「秋の昼」・「当季雑詠」で計3句です。




山下 天真
 ・窓際の光と影や秋の昼

村林 小枝子 
・獺祭忌絵筆も清(すが)し糸瓜(へちま)かな

安西 円覚 
・看護婦に秘かに頼む新酒かな

浦田 久 
・二百二十日豪雨決壊生地獄

岡村 一道
 
・揺り籠となりし電車や秋の昼


片山 朝陽
 
・秋麗
(うらら)銀座の香り行き交へり

五井 夢
・独り秋の昼を欺く窓灯


俵木 陶光
 
・法師蝉鳴くな責めるな生きてをる

中邑 雅子
 ・風新た雲整ひて今朝の秋

堀 秀堂 
・高麗神社開運祈る秋日和

峯岸 まこと 
・聖堂のステンドグラス秋の声

芳村 翡翠 
・巫女二人差向ひゐて秋の昼

小林 美絵子
 
・信濃路は霧を迎へて別れ風

坂井 百合子 
・遠くより球児の声や秋の昼






◆<私の一句>            

「太宰治の碧雲荘や秋の風」
    峯岸 まこと

  掲句は、杉並区天沼3丁目の「碧雲荘」を詠んだものです。この建物は、昭和初期に下宿として建てられました。作家の太宰治は、昭和11年11月15日から昭和12年6月20日までの約7か月間を2階の8畳間で暮らしました。この部屋で「人間失格」の原型となった「HUMAN  LOST]を執筆しました。この下宿から見える富士山については次のように描写しています。
 『東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、まっ白い三角が、地平線にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。』(富嶽百景・岩波文庫から)   太宰治は、青森県から上京後、師と仰ぐ井伏鱒二の住む杉並区内に転居し、井伏邸を中心にして数か所を転々としていました。現在、太宰の生活の痕跡が残り、現存する建物は、斜陽館(生家、五所川原市)と藤田家(旧制弘前高校生の時の下宿、弘前市)、天下茶屋(執筆で滞在、河口湖町)とこの「碧雲荘」です。太宰治の「走れメロス」は、全国の中学生が使っているすべての国語教科書に掲載されています。まさに杉並区が全国に誇れる文化遺産です。建物も破風を備えステンドグラスを配し、軒裏を網代にするなど和洋折衷の様式美も見られ文化財的な価値があります。
 この碧雲荘の敷地は、特別養護老人ホームの建設用地として既に杉並区が取得しています。来春までに、更地にして所有者から引き渡すことになっています。
 この状況の中で、「荻窪の歴史文化を育てる会」(会長・岩下武彦中央大学教授)が天沼地域の方々の理解をえながら保存や活用を杉並区に要請しています。署名には、約4千人の方が協力してくださいました。また、9月には、杉並公会堂に又吉直樹氏等を招き「太宰サミット」を開き、千人を超える来場者をえました。しかし、現状は「厳しい」の一言で、その状況を詠んだ句です。                                                                         


 

◆次回の定例句会は、11月14日(土)午後1時〜3時40分
                 於 高井戸地域区民センター    
 兼題は「神の留守・神の旅など」・「当季雑詠」で計3句です。

◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090−3145−2654

◆文責・俳句同好会会長 俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第二土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・9月の作品の紹介
・9月の兼題は、「秋風」・「当季雑詠」で計3句です。



坂井 百合子 
・祖母の逝くやうやく秋の風立つに

山下 天真
 ・秋風や山川草木吾ひとり

村林 小枝子 
・母は子を戦地に送り秋深し

安西 円覚 
・レントゲンの影失せにけり秋刀魚焼く

浦田 久 
・秋風や商店街の祭旗

片山 朝陽
 
・秋風や銀ぶら二人蝶二つ

五井 夢
・秋風や月より白き夕日影


俵木 陶光
 
・秋めくや油撥ねたるフライパン

中邑 雅子
 ・秋風や空になりたる玉手箱

堀 秀堂 
・秋風の天空の城雲捕へ

峯岸 まこと 
・太宰治の碧雲荘や秋の風

芳村 翡翠 
・きてみれば尾根は秋風ばかりなり

小林 美絵子
 
・秋風や鳥の模様の香水瓶







◆<私の一句>            

「野に在りて人知れずとも萩すすき」
    山下 天真

  13年程勤めたマンション管理人を8月末をもって退職しました。
分譲マンションの区分所有者とは?管理組合とは? 事前に研修を受けたもののすべてが未知の世界でした。それが一週間後には通常総会を経験し、その後理事会の補助業務や様々な工事、保守点検等々の業者対応、日常清掃はもちろん、事務管理業務等々、振り返れば悪戦苦闘の数か月でした。
 やがて居住者の方々のお顔と名前、人柄が分り初め、徐々にコミュニケーションがはかれるようになり、年を経るごとに親しみを感じ家族の一員のような思いで仕事をしておりました。
 この貴重な経験も定年まで3年を残し、「今」やるべきことへの思いを新たに退職を決心しました。
 それは、40歳のときこの日本の四季の自然を楽しみたいとの思いから、八ケ岳山麓に山荘を建て、週末や長期休暇の折々に雑木を植え草刈り薪作りをすることでした。更に充実した山暮しには体力のあるうちにと決断しました。
 冒頭の一句は、「人の評価がどうあろうと、そのもののあり様は変らない」ということです。繊細で控え目な日本の自然への思いと座禅の経験により感じた句です。
 禅との出会いは35年前、偶然訪れた妻の実家近くの山梨の塩山向嶽寺で東京吉祥寺の武蔵野般若道場を紹介され、そこで臨済禅を4年経験し、その後曹洞系の在家禅会に12年参禅し、その指導者お二人の逝去により半年の空白後、旧友の紹介によりある老師と出会いました。初対面でこの老師に非常な感銘を受けました。生涯の師(埼玉県富士見市「長谷寺の井上義寛老師」)に出会った瞬間でした。それから半年後に在家得度をお願いし、「天真」の法名を授かりました。
         この仲秋、老師の三回忌に寄せて  
                         天真 合掌

                                


 

◆次回の定例句会は、10月10日(土)午後1時〜3時40分
                 於 高井戸地域区民センター    
 兼題は「秋の昼」・「当季雑詠」で計3句です。

◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090−3145−2654

◆文責・俳句同好会会長 俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第二土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・8月の作品の紹介
・8月の兼題は、「夏草」・「当季雑詠」で計3句です。



小林 美絵子
 
・ブーロニュの森に忘れしソーダ水

坂井 百合子 
・夏草や少年の夢駆け巡る

山下 天真
 ・遠雷に干し物しまふ妻の留守

村林 小枝子 
・夏草の繁る弁天井の頭

安西 円覚 
・鈴蘭やケーキ一つの誕生日

浦田 久 
・むしってもむしってもなほ夏の草

片山 朝陽
 
・夏草の風呼ぶ程に伸びにけり

五井 夢
・夏草の刻みし指紋の青臭し


俵木 陶光
熱中症で亡くなった友人
 
・夏草や黄泉路もきっと暑からむ

長岡 帰山

・夏草や倒れてもなほ首を上げ

中邑 雅子 
・密約のあるやも知れぬ夏の草

堀 秀堂 
・のびのびと夏草を食(は)む羊たち

峯岸 まこと 
・木もれ日や老鶯谺す札所道

芳村 翡翠 
・夏草や戦車が間もなくやって来る



◆<私の一句>            

「草にねて視界はすべて鰯雲」
   俵木 陶光

 鰯雲は微動だにもしていないようであったが、しばらく
閉じていた目を開けると動いているのが分かった。静寂な
秋のひとときであった。
 山村暮鳥に私の好きな「雲」という詩がある。
その中の一つ。
    おおい雲よ
    ゆうゆうと
    馬鹿にのんきそうぢゃないか
    どこまでゆくんだ
    ずっと磐城平の方までゆくんか
 彼は明治17年上州の旧農の家に生まれ神学校に入り
代用教員として仙台、秋田、水戸などを転々とし、20
歳の頃、岩野泡鳴、三木露風などと交わり、大正13年
42歳で没した。
 「雲」の序文でこう言っている。「詩が書けなくなれば
なるほどいよいよ詩人は詩人になる。だんだんと下手に
なるので自分はうれしくてたまらない」。
 私も下手になっている。といっても私の方は単なる怠け
から来ているに過ぎないが。
 暮鳥には、こんな詩もある
  かへるでもとびこんだのかぼちゃんと水の音
「或る時(月夜の牡丹」

                                


 

◆次回の定例句会は、9月12日(土)午後1時〜3時40分
                 於 高井戸地域区民センター    
 兼題は「秋風」・「当季雑詠」で計3句です。

◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090−3145−2654

◆文責・俳句同好会会長 俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第二土曜日の午後1時から4時位まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・7月の作品の紹介
・7月の兼題は、「昼寝(昼寝覚)」・「当季雑詠」で計3句です。


芳村 翡翠 
・帰省子の昼寝だけして帰りゆく

小林 美絵子
 
・ひららひら揚羽吾の傘越えてゆく

坂井 百合子 
・そば殻の枕うれしき昼寝かな

山下 天真
 ・梅雨永し草木に問へば憂ひなし

村林 小枝子 
・昼寝覚椅子に凭れてティータイム

安西 円覚 
・二十八センチ息子の足の昼寝かな

浦田 久 
・昼寝覚桃源郷のかすれゆく

岡村 一道 
・浴衣着てひよこのごとき姉妹(あねいもと)

片山 朝陽
 
・噴水の力尽きたる高さかな

五井 夢
・昼寝覚デジャビュバーチャル裏表


俵木 陶光
 
・子が何か言ってる昼寝夢は何

長岡 帰山

・昼寝せり枕は岩波広辞苑


中邑 雅子 
・昼寝覚ひとときほどの異邦人

堀 秀堂 
・昼寝子や添寝の母も一眠り

峯岸 まこと 
・樟若葉みなと神戸は坂の町




◆<私の一句>            

「背伸びする新社員や白木蓮」
      小林 美絵子

 
 今この原稿も手書きではなくパソコンで書いている。(打っている)
今は個人でも当たり前に文書作成はパソコンで行うが、少し前までは、特にオフィスではワープロで文書作成をしていた。もちろんもっと前は「手書き」か「和文タイプ」が主流だったのである。
 日本でワープロが登場したのは1979年(昭和54年)のことだ。
東芝がワードプロセッサーの開発に成功し、日本のワープロ第1号「JWー10」が登場したのだ。
当時展示会場は晴海にあった。「モーターショウ」や「オーディオフェア」など華やかに開催される中、「ビジネスショウ」「データーショウ」などオフィスのOA関連の展示会が増えていた。
 話す事を仕事としていた私にも展示会でのナレーターのお声がかかり、「ビジネスショウ」で東芝のワープロ「JW-10」の説明を担当することになった。何しろ日本初!私が知っている訳も無く、技術者の方が書いてくださった原稿を丸暗記。「仮名漢字自動変換ワードプロセッサー東芝「JW-10」。「仮名で入力すると、機械が文字の前後から独自に判断して漢字に変換しま〜す。」実際に「小林美絵子」とオペレーターさんが入力してみせ、次にお客様の氏名を入力してみたり、来場者の目を引くためにあれこれ工夫しながらデモンストレーションを行った。しかしワープロは事務机より大きく一台400万円以上と高価だったのでなかなか興味を持ってもらうことが難しかった。
お客様には「きれいな文字だ!」「素晴らしい!」・・・「しかし高いね〜」と言われる。私は「はい〜」「じきにもう少しお安くなると思います。」と小さな声で答え、技術者さんは常につきっきりで故障が無いように細心の注意をはらっていた。
それから間もなく、本当にあっという間に、ワープロは小さく小さく、お手頃価格となって家庭にも入り込んできた。今ではワープロは生産されていない。私の貴重な体験であった。今年新入社員となった姪も頑張っているようだ。




◆次回の定例句会は、8月8日(土)午後1時〜3時40分
                 於 久我山会館     
 兼題は「夏草」・「当季雑詠」で計3句です。

◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090−3145−2654

◆文責・俳句同好会会長 俵木 敏光(陶光)
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