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活動報告 - 俳句同好会カテゴリのエントリ


◆句会は原則として毎月第2土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・11月の作品の紹介
・11月の兼題は、「十一月」・「当季雑詠」で計3句です。

<兼題「十一月」について>             俵木 陶光
 1月から12月まで、数字を使った月の俳句にはそれぞれいい句がある。11月は字数が多いけれど。

 ・あたたかき十一月もすみにけり  中村草田男
 ・草や木や十一月の深大寺     星野麦丘人
深大寺の奥の石田波郷の「吹きおこる秋風鶴を歩ましむ」の傍らに師弟碑として建っている。波郷の墓は深大寺の墓地の中にある。

 ・峠見ゆ十一月のむなしさに   細見綾子
ふるさと丹波近くに帰って来たとき、葉が落ちて峠が透けて見えた時の想い。

 ・武蔵野は十一月の欅かな   松根東洋城         など

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
俵木 陶光

・翼欲し十一月の空を飛ぶ


岡村 一道

・拡声器内緒話は冬空に


芳村 翡翠

・夕日入る十一月の四畳半


長岡 帰山
 
・胸中は引き潮ばかり冬の浜

片山 朝陽
 ・神の旅岬の風によろめきて

安西 円覚
 ・牛乳をごくり十一月に入る

関口 静安
 
・鴉鳴く十一月のベランダに


中邑 雅子
 ・霜月や等圧線の線の数

小林 美絵子

・姿見の傾き直す小春の日


坂井 百合子
 
・金色の落ち葉の森の小人たち

堀 秀堂
・明月や浜辺に寄せる波の音

山下 天真
・陽をまとひ十一月の鯉寄り来

 五井 夢     
・飛行機雲十一月の西の空

村林 小枝子

・全快し十一月の煮物膳

                          
◆<私の一句> 
           
 鼻歌も音痴な母と十二月   
 父歌う昴を母と十二月  
小林 美絵子

 12月は忘年会などカラオケに行く機会も多くなります。
父は谷村新司さんの「昴」が好きで家でもよく歌っていたのですが、母は歌詞を良く聞いていないと曲目がわからないという風で、これはそのまま私が受け継ぎました。
 もう30年ほど前でしょうか。後楽園が東京ドームに生まれ変わってのこけら落としの美空ひばりさんの公演は、テレビで何度も放送されあまりにも有名ですが、その陰ナレ(表には出ないで陰で場内アナウンスをします)を私が担当させてもらいました。東京ドームは広くアナウンスした自分の声が少し遅れてやまびこのように聞こえてくるのです。両親にも楽しんでもらいたく、あまり良い席ではなかったのですが招待しました。ステージが始まる前、場内の注意事項などをコメントして少し時間があったので、私のナレーションはどんな感じか両親の席まで感想を聞きに行ったら、「よく聞こえないわ〜」と残念な母の感想。観客の方々も興奮して大きな声でおしゃべりしていたのでそれもわかります。公演のタイトルコール「美空ひばり愛は不死鳥 歌は我が人生」はきっちり聞いてもらえたようで、少し親孝行できたと思いました。そのあとも父はテレビで美空ひばり東京ドーム公演が放送されるたび録画してビデオを渡してくれました。ほんの少し私の声が入っているだけなのに。
 その後日本テレビの朝のワイドショー「ルックルックこんにちは」水曜名物「ドキュメント女ののど自慢」のレポーターを7年間務めることになり、両親はこちらも必ず揃って見てくれて、父は録画してくれていました。服装や髪型の感想は母の担当です。今になって両親の気持ちがわかり、懐かしく思い出します。
 母を送るときは好きだったダンスの曲を。そして父を送る時は昴をかけました。
さて、私は何の曲にしましょう。

                               
◆次回の定例句会(天賞句会)は、
1月20日(土)13時〜15時40分 於高井戸地域センター
   *出席者は、千円程度の「天賞景品」を持参して下さい。
    兼題は、「当季雑詠」の3句提出
                                     ◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090-3145-2654

◆文責:  俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第2土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。
※今月は「上野寛永寺・正岡子規庵」吟行がありました。句会は、1部:吟行句会、2部11月定例句会と11月4日(土)に合わせて行いました。

◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・11月の作品の紹介
・11月の兼題は、「秋全般」で計3句です。

<兼題「秋全般」について>
 秋全般の中から名句を拾うとなると名句が多すぎて迷いが深くなる。とりあえず次の句が浮んだので並べてみた。
・荒海や佐渡に横たふ天の川(芭蕉)
・鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな(蕪村)
・紫陽花に秋冷ひたる信濃かな(杉田久女)
・月光にいのち死にゆくひとと寝る(橋本多佳子)
・釣瓶落としといへど光芒しづかなり(水原秋櫻子)
・妻がゐて夜長を言へりさう思ふ(森澄雄)
・天平の花野に白きパンタロン(車谷弘)



俵木 陶光

・灯を刻む池対岸の秋深し


岡村 一道

・無花果の只管
(ひたすら)熟れて落ちにけり

芳村 翡翠

・秋晴れや箱根杣
(そま)道石畳

長岡 帰山
 
・晩年を頼る妹(いも)ゐて糸瓜(へちま))あり

片山 朝陽
 ・秋の水掬へば吾の生命線

安西 円覚
 ・銀杏をつけしまま行くハイヒール

中邑 雅子
・金木犀夜の帳(とばり)を厚くせり

小林 美絵子

・栗はむや馬籠の宿の小糠雨


坂井 百合子
 
・空高く鵯鳴き交はすこんな日は

浦田 久
・秋空や飛行機雲の大習字

堀 秀堂
・枯芝のゴルフボールを軽く打つ
        
山下 天真

・渓流や紅葉の便り早飛脚


五井 夢

・コスモスや池に手
(た)折りて空は さざ波

村林 小枝子

・つやつやと平たき顔の富有柿

                          
◆<上野寛永寺・正岡子規庵吟行記> 
               
俵木 陶光
・日時: 平成29年11月4日
・参加者: 安西 円覚(幹事)、岡村 一道、芳村 翡翠、
片山 朝陽、 堀 秀堂、小林 美絵子、
坂井 百合子、山下 天真、 俵木 陶光
 
 当日は秋日さんさん吟行日和で、午前10時JR鶯谷駅北口に集合した。この辺はラブホテルが軒を並べ連休中とも相まって若者達が沢山闊歩していた。丁度チェックアウトの時間のようだった。我々はこれから寛永寺を目指す。こちらが近道ということで正門からでなくお寺の裏口・通用門から入ることになったが一寸妙な感じであった。本堂の横手から回り込んで墓地に入り、天璋院・篤子の独立した一画の墓所の辺まで歩いた。
 そもそも寛永寺は、徳川三代将軍家光の時、江戸城の鬼門鎮護のため天海僧正が幕府の命を受けて創建したものである。広大な敷地も必要なところから藤堂家、津軽家、秀堂さんのご先祖・堀家などの諸大名の敷地の替地と引き換えに献上となり、2年半後に落慶することとなった。
   ・秋晴の吟行九人寛永寺    翡翠
   ・正面の根本中堂秋惜しむ   陶光
   ・銀杏黄葉仰げば流る空の河  百合子  
   ・鬼瓦紅葉ひとひらからめ落つ 天真
   ・天璋院の悲喜も埋れて冬紅葉 一道
   ・篤姫の墓所を透して薄紅葉  陶光 
 
 境内を散策の後、元来た道を戻り、子規庵に着いた。地図の上から見ると子規庵から根本中堂までは400m程であった。すでに女性を中心とした先客が手帳など広げていた。
 正岡子規は慶応3年(明治元年)生れ、夏目漱石と同年、今年は生誕150周年、明治150年でもある。明治27年からここ根岸の子規庵に越して来て、日清戦争の従軍記者となり、帰途舟の中で喀血しカリエスと診断され、妹・律の献身的な看病を受けていた。この子規庵に8年寝起きし、糸瓜(へちま)の3句を残し35才で死を迎えることになる。生前、律は子規の苦しい時に気が効かない、無器用だとよく言われていたこともあり、その後、律は共立女子大学の前身共立女子職業学校の裁縫科に入学し卒業後、職員・教員として合計20年在籍し教え子からは慕われていたようだ。

子規なき後の子規庵は母、妹、弟子達によって守られて来たが、昭和20年の空襲などで焼失し、同25年に再建された。
それから現在まで67年も経っている。庭には、十四五本もありぬべし、という鶏頭も植えられ、糸瓜も毎年苗から育てられている。部屋の中も子規生前の如く、子規も、虚子も、壁悟桐も近くにいるような感じがして来る。
   ・子規庵に鶏頭ひとつ枯れいたり   翡翠
   ・空青し鶏頭の花みな剪られ     美絵子
   ・文机のりんどうすくと兄妹     美絵子   
   ・命つなぐ子規の糸瓜の重さかな   百合子
   ・子規しのぶひょうたん記帳小春日に 秀堂 
   ・秋気澄む子規の向ひし机かな    朝暘
   ・子規の倍生きて空句(からく)や冬の雲 一道
   ・子規庵や天道虫の草わたり     円覚
   ・子規庵の小さき裏木戸冬来る    円覚

 この近くにもラブホテルが多かった。豆腐料理の「笹乃雪」が近くにあるので機会があったら一度行ってみたい、などと話をしながら句会場のある池袋へ向かった。句会場となった東京芸術劇場の中で軽食をとり、その中の一室で吟行句会の選句、続いて定例句会「秋全般」の選句となった。二つ続けて選句するのは大変ではあり、一考の余地がある。句会が終ってホッとしたところで近くの酒亭「いろはにほへと」へ寄って気分を休め、家路についた。
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◆次回の定例句会は、12月9日(土)午後1時〜3時40分
               於 久我山会館 
 兼題は「十一月」・当季雑詠で計3句です。

                                     ◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090-3145-2654

◆文責:  俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第2土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・10月の作品の紹介
・10月の兼題は、「月」・「当季雑詠」で計3句です。

<兼題「月」について>             俵木 陶光

江戸期以前、月は暦として大きな役割を果たして来た。毎月の初めが新月、15 日目が十五夜、月の終わりが晦日(みそか)月の形で日付けが分かった。しかしこれでは早く月日が回ってしまうので5年に2回程度2月に閏月(うるうづき)を置いて調整を図った(二月の次に閏二月)。
 月はまた、神話や文芸などに夜の物語りとして心を託して来た。月早し梢は雨を持ちながら(芭蕉)、月天心貧しき町を通りけり(蕪村)、月光にいのち死にゆくひとと寝る(橋本多佳子)、月の人のひとりとならむ車椅子(角川源義)など数多くの月に心を動かされて来た。

俵木 陶光

・月明
(げつめい)の道一筋を歩みゆく

岡村 一道

・ばうばうと銅鑼打つ船や月の海


芳村 翡翠

・闇破り舟下りゆく月の川


長岡 帰山
 
・帰り来て身の月光をふりこぼす

片山 朝陽
 ・花野行く風に色あり音のあり

安西 円覚
 ・啄木を朗読するや宵月夜

峯岸 まこと
 
・百日紅放蕩作家の旧居かな


中邑 雅子
 ・月白や山脈(やまなみ)の形(かた)[あらはにす

小林 美絵子

・月光や急降下するエレベーター


坂井 百合子
 
・こんなにも近くにありし金木犀

浦田 久
・明月や浜辺に寄せる波の音

堀 秀堂
・アマゾンの月の江白き飛行艇
      
山下 天真

・山の端に吾子の声充つ野紺菊


五井 夢

・雨雲に欠けし満月手にこぼる


関口 静安

・和菓子屋の今日の月もて廃業す


村林 小枝子

・退院の家にて名月見て居りし

                          
◆<私の一句> 
           
 栗剥きて栗むきむきて力尽き    
坂井百合子

 ここ2,3年、9月も末になるとなんだかそわそわしてしまう。
栗の季節だ・・。スーパーの売り場ですばやく眼を走らせる。
ああ栗ご飯食べたい・・。栗は案外早く店頭から姿を消す。
 昔のお母さんたちは大したものだ。栗剥きというあのつらい作業をものともせず、栗ご飯を何回も食卓に出してくれた。子供の頃は考えてもみなかったが、今になって栗ご飯のありがたさに気付いたのである。

 ここで、栗について少し。栗は縄文時代の主食の一つであった。保存が容易で、農耕が行われるようになってからも栗は非常食であった。栗はカロリーが高くて短時間にエネルギーが補給でき、ビタミン、ミネラル、食物繊維にも富み美肌効果もあるという。戦国時代には兵糧として用いられていた。当時の栗は、柴栗という小粒のものだった。昔の子供のおやつでもあった。

 幼稚園の栗拾いの時、大粒でぴかぴかの栗をいがから取り出した時の嬉しさを思い出す。
   あくせくと起さば殻や栗のいが 小林一茶
   拾ひたる日向の栗のあたたかし 星野立子

少し昔まで栗はとても身近な存在だったのだろう。私の住む調布市にも数十年前まで栗林がたくさんあったらしい。毎年9月末、府中の大國魂神社で「くり祭り」が催されている。武蔵野の大地で上質な栗が採れることから、徳川家に栗を献納していたようだ。
 
 栗拾ひねんねんころり言ひながら 小林一茶
 窓にゐて少しもらひぬ拾ひ栗 長谷川かな女

 現在栗は値段も高くなり、希少で贅沢な食べ物になってしまった。
 もてなしやランプの下に栗むきて 星野立子
 栗飯を炊けばこころは満ち足らふ 山口誓子
とはいえ、栗ご飯は相手をもてなし、皆の心がほっこり温まるごちそうであることは昔も今も変わらない。
よし栗ご飯を作ろう!!。
                               
◆次回の定例句会は、11月4日(土)、吟行と合わせて行います。
 <子規庵&寛永寺吟行>             
  集合日時:11月4日(土)午前10時
  集合場所:JR鶯谷駅北口改札口
  句会場:東京芸術劇場小会議室3(JR池袋駅西口)
午後1時〜5時
  懇親会場:居酒屋「いろはにほへと」 
午後5時15分〜7時15分
  提出句:3〜4句
 
                                     ◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090-3145-2654

◆文責:  俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第2土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・9月の作品の紹介
・9月の兼題は、「新涼」・「当季雑詠」で計3句です。

<兼題「新涼」について>
 夏の涼しさは思いがけないひとときの涼しさであるが、新涼は季節の変り目を実感する涼しさである。芭蕉の奥の細道には涼しさの句が多く見られる。「涼しさやほの三日月の羽黒山」「涼しさをわが宿にしてねまるなり」その他。新涼(秋涼し)の句も一つ「秋涼し手毎にむけや瓜茄子」。現代版の新涼では・「新涼や白きてのひらあしのうら(川端茅舎)・メトロ出て銀座八丁秋涼し(高木当潮)・新涼の石伐り出すや石の声(佐伯昭市)などなど。その後、やや寒、秋寒となり秋が深まってゆく。
 
俵木 陶光

・新涼や燕の帰る日も真近


岡村 一道

・赤蜻蛉番(つが)ひて空の絵となりぬ


芳村 翡翠

・新涼やワイングラスの紺深し


長岡 帰山
 
・風の戸を押して花野の人となる

片山 朝陽
 ・秋冷の渦や哀史の壇の浦

安西 円覚
 ・生姜磨る武骨な指や漁師飯

峯岸 まこと
 
・新涼の尾根へ気球の浮上せり


中邑 雅子
 ・新涼や楷書の風の吹き渡る

小林 美絵子

・砂子って父の教える星祭


坂井 百合子
 
・新涼を吸い込んでさあ月曜日

浦田 久
・煙立つ寡夫(やもめ)暮らしの秋刀魚かな

堀 秀堂
・新涼の銀座甘栗クラブ用

関口 静安

・新涼や人も穏やか介護の手

        
山下 天真

・新涼の窓開け放つ夜明かな


五井 夢

・爽やかや赤き心は制服に


                          
◆<私の一句> 
           
雲遠く与謝野公園法師蝉  
                  
俵木 陶光

 環八のバス停「荻窪4丁目」から一寸入った所に与謝野公園がある。
関東大震災の後、与謝野鉄幹・晶子夫妻がここに家を建て晩年を過ごした所である(鉄幹は10年、晶子は15年)。今は更地で樹木が何本か残っている程度で公園というより空き地と云った所である。ただ、二人の短歌の碑が20〜30ほど点在しているのが違っている。こんな歌もある。

・われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああもだえの子 鉄幹(明34)

・男をば罵る彼ら子を生まず命をかけず暇あるかな 晶子(明45)

時折、ここに寄って見るが人の姿が殆どない。

 与謝野晶子は、明治八年大阪堺の近郊で生まれた。
生家は江戸末期から続いた名だたる菓子の老舗で、兄は東京帝大理工学部・博士・教授、弟は家業を継ぎ、日露戦争にも召集された。このことについて晶子は『明星』に長い詩を書いて問題となった(明37・26才)

「君死にたもうことなかれー旅順口包囲軍の中に在る弟を嘆きて」

  あゝおとうとよ君を泣く 君死にたまふことなかれ
・・・・・・・・
  親は刃(やいば)を握らせて 人を殺せとをしへしや
          ・・・・・・・・
  旅順の城はほろぶとも   ほろびずとても何事ぞ
          ・・・・・・・・
この詩に対して歌人大町桂月は『太陽』に激しい非難文を寄せて「日本国民として許すべからざる悪口なり、毒説なり乱臣なり・・・」と攻撃している。論争もあり、投石、脅迫も受けたが逮捕もされず執筆禁止もなかった。一般の人達の目にはふれることもなく、気まぐれで、根のない詩として見逃されたのだろうと言われていた(当時、社会主義者12名が死刑になったにもかかわらず)。


 与謝野晶子と言えば何と言っても『みだれ髪』。20才で鉄幹を知り短歌が湧き出したのである。旧守派からは淫蕩などと評されたが、太陽が昇るごとく衝撃的なものであった。翌年、鉄幹と結婚し長男光(上田敏命名)も誕生した(24才)(子供は全部で11名)。

改めて代表歌5首ほど

・その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

・やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君

・鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな

・金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

・ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟

 明治44年平塚らいてうの婦人解放誌『青踏(せいとう)』誌創刊に際し詩を送っている。
     山の動く日来たる・・・
     すべて眠りし女(おなご)今ぞ目覚めて動くなる
 それから80年後、平成元年東京都議選で社会党委員長土井たかこが、予想外の大躍進に際して「山は動いた」と声を挙げ、新聞にも大きな見出しとなっていた。
今年は没後75年に当たる。
                               
◆次回の定例句会は、10月14日(土)午後1時〜3時40分
               於 高井戸地域区民センター 
 兼題は「月」・当季雑詠で計3句です。

                                     ◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090-3145-2654

◆文責:  俵木 敏光(陶光)

◆句会は原則として毎月第2土曜日の午後1時から3時40分まで、主として久我山会館・高井戸地域区民センター等で開催しております。(出席者は10名程度)一度ふらっと覗いてみて下さい。その上で、ぜひ仲間になって下さい。
句会が終わると駅前の蕎麦屋でちょこっとやったりもします。


◆毎回、その月の作品を紹介いたします。俵木陶光選。
    

・8月の作品の紹介
・8月の兼題は、「暑さ」・「当季雑詠」で計3句です。

<兼題「暑さ」について>
 俳句では夏の季語が一番多い。「奥の細道」では「暑き日を海に入れたり最上川」が7月末日、山形県酒田港で詠まれている。それから250余年後、日本は中国大陸、更には南太平洋の島々で戦争の苦闘を味わうことになる。・「暑き日のゲートル解けてまた結ぶ」山口誓子、・「俺に似た少年兵が熱砂ゆく」五島高資、・「ヒロシマ暑しナイフのように河流れ」山口伸、・「炎天 子のいまわの水をさがしにゆく」松尾あつゆき、・「水脈(みお)の果て炎天の墓碑置きて去る」金子兜太などなど。最近、こんな句を見た。・「蝉時雨もはや戦前かも知れぬ」摂津幸彦。願わくは・「炎天へ打って出るべく茶漬飯」川崎展宏ぐらいであってほしい。

 
俵木 陶光

・遮断機の先に雲湧く炎暑かな


岡村 一道

・天の川東京からは乗り替えです


芳村 翡翠

・地獄絵の戦乱の地の極暑かな


長岡 帰山
 
・人死ぬる日にも打揚(うちあげ)花火かな

片山 朝陽
 ・老犬の眼(まなこ)訴ふ極暑かな

安西 円覚
 ・夕立来る頭上に一滴跳ね返り

峯岸 まこと
 
・鉄路果つホームのベンチ極暑かな


中邑 雅子
 ・秘め事のかっての思ひ土用波

小林 美絵子

・動物の匂いのしない暑い檻


坂井 百合子
 
・火の国の熊本城の暑さかな

浦田 久
・暑気払い駅前通りに沈没す

堀 秀堂
・架線切れ極暑の電車急停車

関口 静安

・湖の遊覧船待ちかき氷

        
山下 天真

・夕焼けの光ひと筋山登る


五井 夢

・現身(うつしみ)に厚き調書の暑さかな

菊池 福代
・安達太良の山翻す夏つばめ

        
                        

◆<私の一句> 
           
御嶽山雨しんしんと夜の秋  
                  
関口 静安

 この句は私がまだ、パーキンソン病に罹っていないで、元気に歩いたり走ったりしていた頃の作句である。平成20年前後のことで、妻と青梅線に乗り、御嶽駅で降り、バスで15分ほどのケーブルカー駅からケーブルカーで山の上の登山口に着き、食堂でラーメンの昼食をとり、武蔵御岳山神社まで歩く。舗装された歩きやすい道をのんびり40分神社に着いた。創建は10代崇神天皇7年で犬を祭っているが元々は日本狼で大口真神と言い、盗難除けと魔除けに効く。
 予約していた旅館に泊まり、山菜などの夕食は美味であった。東京方面の夜景は驚くほどきれいだった。
   ・遠景に街の灯光る夜の秋
 夜遅く、雨が降って来た。次の日、雨も止み、多摩川でカヌー大会を見たりしてのんびり帰ってきた。
 このころは元気だったが、2年ほどして、やがて手が震え、足がもつれ歩けなくなった。御岳山にまた行きたいなと思って自分の足を眺めているところである。オートバイで走っていた頃が懐かしい。
 
                              
◆次回の定例句会は、9月9日(土)午後1時〜3時40分
               於 あんさんぶる荻窪 
 兼題は「新涼」・当季雑詠で計3句です。

                                     ◆句会についてのお問い合わせ先: 安西 光昭(円覚)まで
                 TEL 090-3145-2654

◆文責:  俵木 敏光(陶光)
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